シングル スマイル

目指すのはジャンガリアンな生き様

おめでとう

先日TVで、世界を放浪して山登りをする息子に、母親が会いに行くという番組をやっていた。母親の制止を振り切って息子は旅を続ける。別れ際に涙をこらえる息子だけれど、それでもきっと親の気持ちは理解出来ないと思う。僕自身がそうだった。自分自身が親になって初めて分かる事もある。親にならなければ経験出来ない事もある。
以前とある所で、子供を産むべきか産まないべきか、という議論がされていたのだけれど、その中に、「子供の気持ちが分かるなら、そうしてあげたい」という意見が有った。先行き不安な今の世の中に生まれてくることが、果たして本当に幸せなのか? 子供はそれを望んでいるのか? もしそれが分かるのなら、その意向に沿いたいというもので、僕も以前は同じ様な不安感があった。でも、今は少し違うと思う。
人の幸せって何だろう。一流大学を出て、一流企業に入ること。お金が沢山有ること。庭付きの大きな家に住み、高級車に乗ること。海外旅行に行くこと。高価なブランド品、便利な電化製品に囲まれること。子供達にそういう環境を与えてあげること。でも、それだけじゃないよね。それだけでは、幸せとは言えない。
何処までも澄み切った秋晴れの空を眺めること。色付いた銀杏並木を綺麗と思えること。レーズンパンにレーズンが沢山入ってたこと。あったかいご飯を毎日食べられること。些細なブログを書き綴れること。それを何処かの誰かが読んでくれること。今日も大切な人が元気で笑って居られること。本当は、退屈で平凡な毎日の中に幸せは沢山あるはずなんだ。それなのに、今の世の中に生まれ出てくることが幸せでないと、どうして言い切れる? 他人やメディアが作り上げた価値観に惑わされちゃいけない。子供達に「幸せ」を指し示すことが出来る一番の存在は、両親だ。TDLに行くことや、海外旅行に行くことよりも、日曜日に公園で父さんとサッカーすることの方が幸せかもしれない。ピカピカで広々とした対面式キッチンじゃなくても、母さんと一緒に料理をすることが楽しいかもしれない。養育費がどうとか、経済的にどうとか言いながら、それを生まれてもいない子供のせいにするのは、大人の欺瞞と偽善に満ちた言訳じゃないのか。だって、こんな世知辛い世の中でも、子供たちは楽しそうに笑い、夢と希望に満ち溢れて、純粋に真っ直ぐに育っているよ。今、生きていること。家族や恋人、周りの人から愛されること。ただそれだけで幸せだと思う。
世界を旅し、最高峰の山を制することは素晴らしい。息子の好きな様にさせてやりたい、という親の気持ちも分かる。だけど、僕はもう独りだけで感動することは出来なくなったよ。例えささやかな事であっても、大切な人と感動を分かち合いたい。僕には、僕自身よりも大切な人が居るのだから。そう思えるのは、9年前の今日、奥さんと結婚したからなんだ。
結婚記念日、おめでとう。