読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シングル スマイル

目指すのはジャンガリアンな生き様

 発表

今日は子供が通う小学校で文化祭の様な行事があり、子供たちの発表を見てきました。
次女は小1なので、ドングリを使ったオモチャの様な物を製作、それで遊んでもらう、という様な内容で、まぁあんなモノかなという感じ。長女は小4なので、既に遊びではなくテーマに沿って調べた事を発表するというもの。ただ、その発表というものがただ文章を書き連ねた紙を張り出し、それと同じ事を延々と話す、というもの。これは頂けません。
口頭で説明するなら、同じ文章を紙に書き出す必要はありません。紙に文章をビッシリ書いても興味が失せるだけですから、文章は極力省いて図やイラストを大きく取り上げた方がアピールしやすいです。更に、説明が終わってから簡単なクイズを出すとか、それも説明を聞いていれば答えられる様な内容にして、イラストを利用して4択等すれば手間も掛からないし、答えられた人にはダンボールで作ったメダルをあげるなんて事をすれば聞く方も身が入るというものでしょう。ショボいメダルでも低学年の子供には受けは良いでしょうから、それが有ると無いでは大きな違いになると思うのです。
で、帰ってからウチの娘に「上手に出来たね、でも、こうした方がより楽しくなるんじゃないかな?」と、言ったら、「クイズや景品は考えたけど、担当の先生にダメだって言われた。」と言うのです。それを聞いてちょっとガッカリしました。
先生は多分そういう小手先の細工で誤魔化すのではなく、ちゃんとした発表をしなさいと言いたかったのでしょう。文字をビッシリと書き連ねた紙の発表は、一見とても頑張って調べた真面目な発表に見えるかもしれません。でも、どんなに素晴らしい発表も、聞いてくれる人が居なければ意味が有りません。自分の子供がやってる発表だから真剣に聞いてましたが、他の子供の発表なら素通りしてたでしょう。小学生なら尚更聞かないでしょう。それは文化祭に限らず、会社でのプレゼンとか、予算申請とか、果てはブログにしてもでも同じです。言いたい事がきちんと相手に伝わらなければ意味が無いのです。
きちんと調べた基礎部分は必須ですが、それをどうアレンジするかも大切な事だと思うのです。それこそ子供の自由な発想に任せても良いんじゃないかと思うのです。立派にみせる事が目的なんじゃなくて、どうしたら見てくれる人が楽しく、興味を持ってもらえる様に出来るか。内容も大事ですが、そういう事もまた大事だと思うのです。特にこういう場では。
娘は頑張ってたと思うけど「楽しくなかった」と言ってました。どうせやるなら、聞く側も発表する側楽しくやりたいよね。少なくとも、僕には紙に文章を書き、それをひたすら読み上げる事が真面目で正しい発表だとは思えないのです。それは一番やってはいけない事だと思うんだけどなぁ。