シングル スマイル

目指すのはジャンガリアンな生き様

終活に向けて

 

 

 

50才までは、自分のやりたい事、思い残す事が無い様に死ぬ気でやってきた。それはがむしゃらに努力するという様な高尚な意識ではなく、自分の事を優先させようという自己中心的な考えでもなく、単に性格上面倒臭がりで腰が重く人見知りだから意識してそうでも思わないと何事も成せぬまま死んでしまいそうだったから、というかなり後ろ向きな考え方から。

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幸いにして本当に50で死ななかったものの、そうこうしている内に50もとうに過ぎてしまった今、これから先の事を否が応でも考えなければいけない時期に差し掛かっている。50までは

「自分がいかに満足できるか」

を考えて生きてきた。これからは

「いかに上手く終わらせるか」

を考える必要がある。

 

 

 

同居していた義母が痴呆で要介護になり、家族の生活がすったもんだした末に何とか特別養護老人ホームに入居する事が出来た。自立した生活が出来ない大人が一人居るだけで家族の生活リズムとメンタルがこれ程までに乱されるとは思いもしなかった。

また、昨年は年代の近い身内が無くなったり、僕の両親はまだ健在だけどいよいよ怪しくなってきたりと、人が老いて亡くなっていくという事がどういう事なのかを凄く身近に感じている。僕の母はまだ割と元気そうだけどそれでも身体のあちこちが調子が悪い。父は随分前に肺を悪くしてから老け込んでいる。そんな父の面倒を母がみているんだけど、三度の飯はしっかり食うけど洗い物一つしない、とぼやいていた。もし母が先に他界した時、父一人では生活していけない。これは僕の未来像だ。これを理想像に変えていくにはどうしたら良いのか。老いて子供や奥さんに負担を掛けながら生きていくのではなく、最後まで一人の自立した人として生きていくのが理想だろう。その為に何をすればいいのか。

 

 

1)料理

僕は家の事も出来る事はなるべくやるようにしているつもりだ。ただ、娘二人もまだ同居している為、家事の負担はかなり少ない。この先僕が老いていった時に、娘たちに負担を掛けたくはない。自分で自立した生活が出来る様にしておかないといけない。掃除や片付け、洗濯は難しくはない。後は料理だ。現状奥さんと娘二人が居るので、僕が料理をしなければいけないシチュエーションは皆無に等しい。というか、はなから「パパは出来ない」前提でみんな動いているので、当然僕にはそんな作業は回ってこない。なので自分から意識してやらないと無理だろう。でも、休日は料理よりも優先したい事が多々有るので実行に移せない。折を見て何か考える(と言っている間は多分動かなさそう)。

 

2)健康的な身体の維持

自立した生活を送るには、当然健康的な身体が必要だ。また、痴呆の予防も必須といえる。あんまり爺臭い事は言いたくはないけど、義母や怪しくなってきた父などを見てきているので、これは他人事ではない。僕ももう50半ばなんだから、今から何らかのアクションは起こしていかないと間に合わない。既に脳の衰えは始まっている。最近なんとなくイライラしやすいのも脳の老化による影響かもしれない。僕は穏やかで優しいのではなく、根底では短気で我儘な性格を理性で押さえて体裁を保っているだけで、それが老化によって崩壊しつつあるのでは? かなり危機感がある。

周りを見て思うに、心身ともにストレス(ある程度の負担)が無くなると一気に老化する。頭も身体も使わなければ退化する。それも歳を取ってからだと変化が著しい。更に今の世の中は便利で快適な生活が送れる様になっているから、快適な反面、健康的な身体の維持と痴呆予防には相性が悪い。これも意識的に自分に負荷を掛けないといけない。つまり、面倒臭い事や大変な事を自ら進んでやる必要が有る。

 

 

 

3)で、どうすんの?

ギター

経験上一番良いと思ったのは、ギター。これは痴呆の予防。両手を別々に使うのでなかなか上手く弾けない。新しい曲を練習する時などは全然弾けなくて物凄いストレスを感じる。それだけ頭と身体に負荷を掛けているんだ。暑くても寒くても天気が悪くても出来るし、年齢も性別も体格も関係なく、機材の新旧による差が無い(新しい機材の方が性能が良いという物でもない)事などもメリットだ。また、音楽教室に通ったり、バンドを組んだり出来れば他人と交流する機会が増えるという点もメリット。

登山

あとは、登山。これは健康的な身体の維持。ハードな運動の連続なので心肺機能に負担を掛ける行為でありながら楽しく出来るという願ったり叶ったりな趣味だ。未知のルートで目的地を見定めたり、天候を読んだり、食料と飲料水、ギヤの選択など、身体だけではなく頭も結構使う。ただ、ハイキング程度なら良いんだけど、一定以上のハードな山行になると精神的にも身体的にも余裕が無くなってくるし山の好みも人それぞれなので、本当に信頼出来る人としか同行したくなくなる。だから突き詰めると色々な人と関わるというのは難しいかもしれない。

バイク

バイクの運転も良い。これは痴呆の予防。バイクを運転するには両手両足を使わなければならず、また身体全体でもバランスを取る必要が有る。ただ、余りにも長く乗り過ぎてしまってもう無意識で操作出来てしまうので、あんまり負荷にならない様な気がするのと、単純に危ない。その点トライアルバイクは死んでしまう程の事故にはなり難いのと、操作も極めて難しいのでやりがいはありそう。しかしギターと違って維持も継続もそれなりの金と手間が掛かる。激しく動く機械なのでメンテナスが重要になる。それも含めて面倒臭い事が受け入れられるなら良い。

自転車

これは痴呆の予防と身体の維持の両方。バイクと同様、自転車も両手両足を使うし、更に心肺機能もかなり負担を掛ける。ただ、これも車優先社会で自転車を乗るのはなかなか危なっかしい。バイクと違って動力部が無いので維持はしやすいし、バイクに比べたら金も掛からないのはメリット。最近は急激な原油高になっているので、もうみんな自転車乗れよ、と思わなくもない。社会全体が自転車に焦点を当てる様になればもっと快適に移動できる有効な手段になると思うんだけど。

あと、一輪車もかなり良い。大人になってから自分が想像できない未知の事象を経験するのはなかなか貴重だ。ただ、大人で乗っている人が極めて少ないのと乗る場所がなかなか無いのが難点。高級な自転車に比べると安価で持ち運びも楽なのはメリットだけど、移動手段には向かないしそもそも変な人扱いされる。

 

 

これらは全て実際に体験してきたもので、でも大きな負担を掛けたいと思うならやはりやった事が無いものの方が良い。また、未体験の事は成長の度合いが見えるので単純にやっていて楽しい。そんな中で気になる事はピアノ。昔娘たちがピアノを習っていて、二人とも全然モノにならなかったんだけどその時練習で使っていた電子ピアノが今でも有る。ヤマハのそこそこ良い値段した物なので、練習で使うには充分そう。

あと、書道かペン字の練習をしたいと思ってる。今はPCやスマホ等で字を書く機会は少ないけど、字が汚いので練習したい。実用的だし良いと思う。ペン字なら教室に通わなくても良いのでいつでも始められるはず。自分のやる気次第。

 

 

 

ここに挙げた物事だけでなく、とにかく「大変で面倒臭くて一朝一夕には出来ない事」が有効だ。タイパもコスパも悪い、つまり今の世の中の風潮と真逆の事だ。

車はほとんどがオートマチックになり、運転支援システムや走行を安定させる制御も標準装備になった。昔と比べたら凄く運転が楽になっている。では、楽になった分安全運転に集中したり、スムーズな運転操作が出来る様に配慮したりしているか、と言えばほとんどの人はそんな事は考えていない。スマホに夢中だったり、TVや動画を視聴したりしている。楽になったからもっと何かをしよう、という思考にはならず、楽になったからもっと楽がしたい、という思考になっている。人間はそれ程高尚な生き物でもないんだよね。

僕は昭和の後半から現代の令和まで世の中が激変する様子を見てきたんだけど、一番大きな変化はスマートフォンの様な気がする。それは「便利で快適な世の中になった」という事ではなく、「人が自堕落で退化していく」という点で。確かにスマホが無い時代に比べると著しく便利で快適になった。だけど車と同様に、その快適さと快楽さに溺れてしまって人間の能力は逆に低下している様な気がする。。

今はAIが盛んに取り沙汰されている。これが今後生活にどの様に影響を与えてくるのか分からない。ただ、スマホの普及による変化を見てきた限りでは、もっと極端に二極化していく様な気がしてならない。つまり、便利な物を有効に活用して生かしていく人と、便利さに思考停止して流されてしまう人と。一見幸せな様に見えて、実は簡単に搾取される側に回りかねない。昭和世代の古い人間の僕としては凄く危機感を覚える。

 

とりあえずギターは整備した。意識して進んで面倒な事をやっていこうと思う。