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シングル スマイル

目指すのはジャンガリアンな生き様

本当の冬の山

登山関係

 

 

 

去年の冬に三方崩山に登ろうとした時に、あまりにもハードでこれはルート取りが悪いのか?もっと歩きやすいルートが有るのか?と散々悩んだんだけど、先日伊吹山を裏から登ってようやく分かった。冬に山に登るって事は、こういう事なんだと。夏道の様に歩きやすい所ばかりは歩けない。必然的に過酷で不明瞭になるんだ。歩きやすい所を歩くのではなく、歩ける所を歩くんだ。僕は今までたまたま歩きやすいルートで登れる山しか歩いていなかっただけなんだ。

しかしハードだ。延々と続く雪の急登は心が折れそうになる。冬のテン泊装備となると尋常じゃない荷物になるし、本格的に冬の山を登る人はちょっとイカれてる。こんな辛いルート、2度と歩くもんか。そう思っていたはずなのに、下山すると次は何処をどうやって歩こうか考えてる。僕も少しおかしい。

 冬の山は良い。近場の低山でさえハードになる。普段のだらけきった生活の中で、両足が攣る様な経験をする機会は無い。一歩踏み出すこともままならないほど過酷な状況を体験する事も無い。コンビニも無いし、誰にも頼れない。頼れるのも、判断するのも自分しか居ない。そうやって自分の足音と自分の息遣いしか聞こえない静寂の中で、確かに今僕は生きているんだと実感する。

 僕が求めているものって壮大な景観ではなく、頂を踏んだという証でもなく、そういう事なんだと思う。楽がしたいんじゃない。精神的にも肉体的にも過酷な状況を乗り越えた先にある物が見たい。それは単に頂を踏めば得られるというものじゃないし、他人は誤魔化せても自分自身は誤魔化せない。

敗退するのは良い。理由が何であれ、それは自分の限界を垣間見たという事だから。そして、再チャレンジ出来る場が残さているという事だから。次の機会に備えよう。