転職して4年ほど経過した。相変わらず職場環境はいい加減でユルい。
以前の職場で、物凄く仕事が出来る人と数年仕事をした。彼は一流大学の大学院卒で誰もが知っている超有名企業に入社し、先端技術の塊の様な設備に関するマネジメントをしていた。「仕事が出来る」というレベルが桁違いで、彼に出会わなければ多分一生「仕事が出来る」の本当の意味を知らずに生きていたと思う。短い期間だったけど彼には多大な影響を受け、僕はいまだに時々思い出す。彼ならどう考えただろうか。彼ならどんな選択をしただろうか。そして、今なら彼の気持ちが少しだけ理解出来る。彼にとってあの職場はあまりにも稚拙過ぎた。
今の会社に転職してすぐ、「あれ?この環境はヤバいんじゃないか?」と感じた。管理体制もメンバーの意識も、あまりにもいい加減だったからだ。掃除が出来ない、片付けが出来ない、管理が出来ない、知識や技術も低い。だから手に負えない作業はメーカーや外注に依頼する。この環境では成長する余地が無いけど、それに対して誰も、メンバーも上司も会社全体も何も疑問に思っていない。
そんな状態は技術職としては有り得ないだろう、こんないい加減な職場は耐えられない、と周囲にこぼしたら、「ユルい仕事で金が貰えるなら良いじゃないか」と言われた。まぁそう言われればそうなんだけど。
一番最初に入社した会社では製造設備の製作、修理、メンテナンス(電気系)を任され、僕の教育担当には職人気質のおじさんがついた。めちゃくちゃ几帳面な人で、終業後にしっかり掃除と片付けをさせられた。でも、仕事とはそういうものだと思ったし、一方的に押し付けるだけではなくちゃんと面倒を見てくれた。だから苦にはならなかった。僕にとっては師匠みたいな人で、掃除と片付けは仕事の基本というか、基本以前の当たり前の事だと学んだ。
2社目も業種は違うけど製造設備の修理とメンテナンスの仕事だった。電気系に限らず機械系、空圧、油圧、高電圧、ホイスト(天井クレーン)と、本当にあらゆるものをやった。僕の教育担当はハッキリ決まっていかなったけど、面倒見が良くて趣味が合う人が居て、その人にはとてもお世話になったし多大な影響を受けた。知識が豊富で色々な事を教えてもらった。思い込みや行き当たりばったりで考えるのではなく、理論的に考えて多角的に見て判断しなければいけない、という事を学んだ。めちゃくちゃ大変でめちゃくちゃ苦労したけど、この会社では本当に多くの事を学び、多くの事を経験させてもらった。
そして先の超仕事が出来る彼。知識や技術だけでなくマネジメントに関しても精通していて、当時課長だった僕はアドバイスを貰いながら色々考えたりアクションしたりしていたけど、彼が想定するレベルにはとても及ばなかったし、メンバーもついていけなかった。それでも僕には凄く刺激になった。そもそも彼とはちゃんと議論が出来た。多分彼にとっては僕との議論はあまりにも低レベル過ぎて話にならなかっただろうけど、僕にとっては驚きだった。こちらの意向が伝わらなかったり、話がとっ散らかったり、全く別の問題にすり替わったりせず、ちゃんと集約したり全く別角度から見たり思いもよらない展開になったりする。確信が持てない事象について相談すると、議論している内に解決の糸口が見えたり、考えが収れんしていく。周りでちゃんと議論出来る人は居なかったから、彼と議論するのが楽しかった。彼は僕が退職する前に辞めてしまったけど、彼が退職せず残っていたなら僕は退職しなかったと思う。彼と居れば桁違いに学べて成長出来たからだ。
他にも「普段は何をしていても良いが突発故障の時は100%でやれ」という課長とか、定年過ぎても好奇心旺盛でめちゃくちゃ詳しい人とか、世話になったり影響を受けた人は沢山いる。今の僕の知識や技術、考え方や仕事に対するスタンスは、あの人たちが居たからこそで、僕はその都度多大な影響を与えてくれる人と共に仕事が出来ていて割と恵まれていたんじゃないかと思う。
ユルい仕事で金が貰えるなら良いじゃないか。確かにそうだ。それなのに、どうしてこんなにももやもやした気持ちになるのか。その理由が分かった。それは、
今までめちゃくちゃ有能な人たちから影響を受けて長年培ってきた技術と知識と価値観を否定する事になるからだ。
本来なら逆に僕が教えていく立場にならなければいけない。だけど今の環境は「なるべく面倒な事には関わりたくない」という風潮で意欲的な人も居ないし、教える機会も無い。
そういう環境に身を置いている自分もまた、その程度のレベルなんだろう。彼ならどう思うだろう。議論できたら良いのに。